【IPO労務で注意すべきポイント】未払い賃金(固定残業、管理監督者、裁量労働制)
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企業が上場するためには「上場企業としての適格性」が厳しく問われる証券取引所の審査をクリアする必要があります。
IPO(Initial Public Offering:新規株式公開)を目指す企業に必要な労務管理体制について、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応・企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行う寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 寺島 有紀 先生にお話を伺いました。
全4回に渡りお送りします。
- 第1回 : 【事例あり】IPOの労務・勤怠管理で注意すべき4つのポイント
- 第2回 : 法定帳簿・規程類の整備と社会・労働保険の加入漏れ
- 第3回 : 未払い賃金(固定残業、管理監督者、裁量労働制) ←現在お読みの記事
- 第4回 : コンプライアンス違反(パワハラ、ダイバーシティ)
IPO労務で注意すべきポイント③ 未払い賃金が発生していないか
寺島先生:「未払い賃金が発生していないか」というのが上場準備上最も重要な論点です。
寺島先生:未払賃金の発生要因ですが、次の4点が大きい未払賃金の発生要因です。
①固定時間外手当の誤った取扱いがなされている企業は意外と多く存在します。
②会社の中で管理監督者の定義が誤っており、名ばかり監督者が発生していることも多くあります。対外的な役職が労働基準法上の管理監督者かと言われるとそうではありません。ここの定義を間違って解釈しているところも多いです。
③裁量労働制の取り扱い、これも間違って運用しているところが多いです。
④労働時間自体の取り扱いについても、本来労働時間にしなければならないものをしていないというケースは未払い賃金の発生の要因となります。
1つずつ見ていきましょう。
未払い賃金のリスク - 固定時間外手当の取り扱い
寺島先生:第1回の事例2でもありましたが、「固定時間外手当制度」とはあらかじめ一定時間分の残業代を手当として含ませているものです。だいたい月40~45時間ぐらいで設定しているベンチャー企業が圧倒的に多いです。求人の際は基本給だけ掲載するより、基本給に加えて固定残業代があった方が総額が大きくなり見栄えがよく採用力アップになるというところも固定時間外手当が多く導入されている理由かと考えます。
寺島先生:しかも、基本給50万円とするより、基本給40万円・固定残業代10万円と切り分けておいた方が、残業代のベースに固定残業代を含まなくて良いため、残業代の単価を下げることができます。
後は、割増賃金の計算も簡便化できます。固定残業代として45時間分入っている場合、勤怠上30時間しか働いていない時には時間外割増賃金については追加支給しなくていいので、給与計算が簡単になります。
ただ、まだ間違った運用をしている会社も多いのが実情です。有効なものは基本給と固定時間外手当がちゃんと書き分けられていて、更に固定時間外手当は○○時間相当であると時間までも明記されていることです。
例えば「基本給25万円※固定時間外手当を含む」というのは、固定時間外の時間が何時間含んでいるのか、その金額がいくらなのかも全くわからず、もはや機能していません。そのため弊社が労務デューデリジェンスなどを行う際はこうした固定時間外手当の記載等も必ず見たりしています。
また固定残業代を超える残業代は支給しない、という会社もたまにありますが、それは完全にアウトです。明記した固定時間外手当金額を超える時間外があるのであれば、必ず追加支給しなければいけません。
未払い賃金のリスク - 管理監督者の定義
寺島先生:上記にあるように「管理監督者」は労働基準法に規定があり、事業の種類にかかわらず監督管理の地位にある方には労働時間規定を適用しないとあります。これが一般に「管理監督者には残業代を払わなくてもよいらしい・・・」という根拠になっているわけです。
しかしここで気を付けたいのが、労働基準法上の管理監督者=会社の管理職ではないということです。企業が役職者だと主張しても、それは単なる対外的な役職に過ぎないわけで、労基法上の定義に則っていなければ管理監督者ではないということになってしまいます。
経営側からすれば、残業代を支払わなくてよいのですからできる限りみんな管理監督者にしたいですよね。しかし、労基署が入り「管理監督者」ではないと否定された瞬間、今まで支払ってこなかった残業代を遡って支払う必要があり、その金額は大変な未払賃金になります。
この「管理監督者の要件」については直近の裁判例等をみても昨今、非常に要件が厳しくなっているように思います。
寺島先生:ここに大企業である日産自動車の裁判例があります。年収1200万円を超え、さらに全従業員の上位7%の人であっても、管理監督者ではないとの結論が出ました。労働時間管理も自分で行っており、遅刻や早退で給与を引かれていたわけでもなく、ある程度の裁量はあったにも関わらず管理監督者ではないとされたのです。
<管理監督者と認められるための3つの要件>
寺島先生:管理監督者制を判断する際に重要な点として、待遇要件があります。待遇というのは社内の中での相対的な待遇になります。少なくとも残業代がつく直近の部下よりも賃金が下回ることがないのであれば問題ないと考えてよいでしょう。
次に遅刻・早退の扱いです。管理監督者が残業代がでないというのは、裏を返せば時間管理の裁量があるから引かれないという立て付けです。なので、遅刻・早退の時間を給与で引かれるということがあれば、労働時間の自由がないということになり、控除はできないことになります。
この上記2点については多くのベンチャー企業も満たしているところが多いと思います。
ただ残りの1点目「経営者と一体的な立場となって仕事をする」は日産自動車にしてもそうですが、なかなか満たせていない企業は多い印象です。
事実上の経営の裁量はなく、経営者と一体的な立場にはないと見なされることが多いです。
少なくともベンチャー企業の場合、経営会議に出席する立場にあるかどうかです。 IPO準備企業はあえて経営会議に管理監督者を出席させ、発言の議事録まで取ったりします。
管理監督者制の要件は、このように厳しく判断されるため、10名20名の会社において大部分が管理監督者だと言ったとしても通常認められないものと考えます。
上場準備企業においては、大体、管理監督者は全雇用契約従業員の10%くらいにとどめておくことが安全であるとは考えています。
未払い賃金のリスク - 裁量労働制の取り扱い
寺島先生:裁量労働制の取扱いもかなり重要になります。
裁量労働制を利用している企業も多いと思いますが、裁量労働制とは労働時間を実労働ではなく一定の時間としてみなす制度です。端的に言えば、実労働が15時間でも13時間でも労使協定において8時間としてみなすと決めれば8時間としてみなせる制度になります。
裁量労働制には「専門型」と「企画型」の二種類があります。
専門型は19業務に限り、労使協定の策定・届出、就業規則の改定手続きで導入できるもので、ベンチャー企業で活用しているところも多いと考えます。
裁量労働制で労働時間を8時間とみなした場合、時間外労働という概念がないということになりますが、いくら裁量労働制だからといって実労働時間を管理しなくてもよいということではなく、きちんと労働時間管理はしていなければならないことには留意が必要です。
なお、裁量労働制もそうですが管理監督者についても勤怠管理義務自体はありますので、そこは重要な点として覚えておいていただきたいところです。
寺島先生:経営側にとっては裁量労働制を活用するメリットは多いわけですが、ただ、この裁量労働制の適用が適正でないとし否定されてしまう場合、割増賃金等は実労働時間通り払う必要があることになります。そのため裁量労働制が否定されると膨大な未払賃金が発生する可能性が起こり得ます。
<裁量労働制で気を付けたいポイント>
寺島先生:上記のように諸々ありますがいくつか挙げるとまずは名の通り、裁量がある人にしか適用できません。例えばSEの中でも単にプログラムを打つだけの人や、新卒1年目に適用させる等していると新卒でなぜ裁量と専門性があるんだ、となります。新卒一年目に適用させるのは危険です。職歴として少なくとも大体2年目以上でなければ厳しいと考えます。
みなし時間も毎日14・15時間働いているのに8時間としてみなしていると、労働基準監督署の調査等の場合でも、「みなし時間の設定がおかしい」ということになることがあります。
また、裁量労働制でも深夜と休日の割増賃金は逃れられません。つまり裁量でも深夜・休日は絶対カウントしてその通り割増賃金を払う必要があるため、実労働時間はそのためにも把握していなければなりません。
裁量労働制だからと何の割増賃金も払わなくてよいと勘違いしてる会社も未だに多いですが、それは間違っています。
あとは業務が裁量労働制の適用業務であるかです。 SEやデザイナーなど限られた19業務にしか適用できないので、例えばコーポレート部門の方に専門型裁量制を適用することはできません。そのため適用業務がおかしくないかということがみられます。
裁量労働制の場合、健康確保措置・苦情処理措置を講じる必要があります。つまり実勤怠は把握してるわけですから、過労の人がいたら有給を取得させるか特別休暇を付与する、そういったものを労使協定に盛り込む必要があります。裁量労働適用者から苦情が来た時の窓口が設置されているかも必要になってきます。
専門型も企画型も裁量労働制という名がつくものは労使協定を労働基準監督署へ提出します。
<ハードルが高いと言われる企画型裁量労働制について>
企画型裁量制についてですが、専門業務型裁量労働制と異なり業務に縛りがなくなるため、専門裁量では適用業種とならない業務に対しても裁量労働制が使えるといったメリットがあります。一方で、企画業務型裁量労働制の導入には、労使委員会というのを組織し、導入には労使委員会で決議する必要がありますし、また定期報告というものを6ヶ月に1回、労基署に届出をする必要があります。
このように専門裁量よりも導入のハードルは高くベンチャー企業でもあまり積極的に導入しているところは多くありません。
未払い賃金のリスク - 労働時間の取り扱い
寺島先生:労働時間とは会社にいる時間だけではなく、労働者が会社からの指揮命令を受けていると客観的に判断できる時間は全て労働時間になります。
最近、勤務時間外にslackやメッセンジャーなどのチャットツールを使用した連絡等が取り上げられるようになってきました。休日だけど忘れないうちに社員にslackで流しておこうみたいなことをするとそれに対して社員が返信を行う場合には、労働時間制が問題になります。
時間外・休日のやり取りがあると、それは労働時間とカウントされる可能性は多いにあります。
そのためIPOを準備してる会社は休日等に送る場合、タイトルに「即レス不要」のようなものを入れ、即レスを求めていないことを周知したりするルールを設けているところもありますし、もっと厳しいところでは休日等にslackは開かないようにと周知をするところもあります 。
まとめ:未払い賃金でおさえておきたいこと
寺島先生:固定残業代のところがきちんと基本給と固定時間外手当に書き分けられているかどうか。また固定残業代を超える時間外労働は必ず追加で払う必要があります。
管理監督者はきちんと経営会議等に出席している人であるかどうか。そして遅刻早退の時には賃金控除なされていないか、部下の方が残業代が付いて管理監督者よりも給料が高いなどそういうことが起こっていないか。
裁量労働制については先程述べた10個のポイント、これらを全部守れているかということが必要です。
<続きは以下からお読みください>
- 第1回 : 【事例あり】IPOの労務・勤怠管理で注意すべき4つのポイント
- 第2回 : 法定帳簿・規程類の整備と社会・労働保険の加入漏れ
- 第3回 : 未払い賃金(固定残業、管理監督者、裁量労働制) ←現在お読みの記事
- 第4回 : コンプライアンス違反(パワハラ、ダイバーシティ)
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